さくらやの成り立ちと経営の悪化
ヨドバシカメラに押されていたさくらやですが、1946年に創業し首都圏に展開しています。17年後に初の新宿駅前、「東口店」を出店したんです。
その頃の新宿はまさに商店拡大の時期、新宿を中心に店舗展開しました。言わずもがなの新宿家電戦争では、中心的な店舗でありながら、価格競争や、キャッシュバックポイントの競争に巻き込まれました。
そして、郊外店舗に目を向け仙台駅前等に出店しましたが、立地条件もあり撤退しました。この影響は大きく、郊外店への進出を見直しました。
一番の痛手は、そのとき大きくなれなかったことが、後の卸値での条件面の苦悩が響きます。薄利多売の大量売りも厳しくなった要因でしょう。
さくらやのCMは、良く流れていたものですが、それが、ビックカメラ、石丸電気、LAOXや、コジマなどになっていた頃には、経営が悪化していました。
しかしながら2000年を過ぎた頃から、かなり厳しくなったようで、最終的に、出資を受けてフェニックス・キャピタル株式会社の傘下となりました。
ですが、結局、経済産業省へ「事業再構築計画書」を提出しさくらやは、倒産の憂き目になりました。